弊社の就活指導に対する考え方

 世に多くの学習塾はあり、中学、高校、大学受験で多くの生徒が利用する。しかし、就職活動の塾は存在するものの、利用するのはあまり一般的ではない。なぜだろうか。先日こんな話に出会った。

 「就職活動は、お金を払ってまで指導をうけるようなものではなく、自分の力で勝ち取るもので、そうでなければ社会に出てもうまくいかない。」

 先日、自分が熱く、弊社の事業内容を語っていたら、取引相手の社長にこう言われた。なるほど一理ある考えであるし、一見もっともである。事実、自分も弊社スタッフも、お金を払って就活の指導を受けたことはない。

 しかし考えてみれば、中学、高校、大学入試以上に、就職活動こそ訓練と指導を必要とし、そしてそのコストパフォーマンスが高いものである。言い換えれば、第一志望の大学に合格することよりずっと、就職活動での成功には意味があり、それは受験勉強と同等かそれ以上に、訓練と指導によって改善、向上が可能なものなのである。以下、その説明をする。

 そもそも、受験で獲得する学歴とは何のために必要なのだろうか。それはおよそ二点に集約されるだろう。1つ目は、世間体、つまりプライベートな関係の周囲にどう評価されるか、ということ。もう一つは、就職活動において成功する可能性が高い、ということだろう。

 しかし、この二点の重要性は大きく違う。すばらしい学歴を持っていてあまり社会で成功も活躍もできていない人と、学歴はそこそこだが社会で成功して活躍している人で考えてみればわかるだろう。

 学歴の意味とは、主に社会で活躍するための前段階としての価値であり、逆ではない。やや極端に言い換えてよければ、いい大学を出ていること自体に価値があるわけではなく、学歴や大学名はその先に繋げるために価値があるのである。その先に繋げられて初めて価値になると言ってもよい。

 もちろん今言った、社会における成功や活躍とは、一つの価値基準ではかれるものではない。年収や会社名はわかりやすい基準だが、それ以外にも、やりがいを持てているかどうかや、会社への帰属意識を感じられるかどうか、他の社員との一体感、ワンチームを感じているか、自分のしあわせなワークライフバランスを保てているかどうか、など、基準は多様である。

 しかし、大学入試における成功と同様に、いやそれ以上に、就職における成功は人それぞれではない。

 就職とは、言い換えれば仕事とは、第一義に、生活のためにするものである。自分と自分の家族の生活に必要な、お金を稼ぐためにまずある。やりがいがいくらあっても、経済的に苦しければ、そのやりがいは重荷になるだけだろう。

 そもそも論として、仕事の目的とは、社会貢献や自己実現よりも前に、お金を稼ぎ生活を守るためにある。社会貢献や仕事上の自己実現、仕事のやりがいなどは、生活上、精神上の余裕があって初めて追えるものであって、逆ではない。

 また、就職したのが第一希望の会社であったとしても、それが仕事上の自己実現ややりがいにつながるとも限らない。なぜならば、大きい会社であればあるほど、自分の仕事がどう社会や顧客に繋がっているか見えずらくなるからだ。もしくは、自分の望む部署や役割を与えられなければ、自己実現ややりがいは別に見つけなければならない。大きい会社であればあるほど分業は仕上がっていて、それゆえに入社当時に想定していた仕事に辿り着ける人は少ない。

 むしろ、想定とは違うギャップの中で、そのミスマッチを感じて悩む社会人1、2年生は多い。ブラックな会社に入ってしまい、もしくはパワハラな会社や上司によって悩み苦しむ人と同じくらい、このようなミスマッチに悩む人は多い。

 だからこそ、入社してみなければ、配属されてみなければわからないことが多いからこそ、会社選びの大切な指標はやりがいや自己実現よりも、収入や福利厚生になると弊社は考える。わからない部分があるからこそ、わかる部分での選択をすべきなのが、就活なのではないか。

 そして、就職する会社や業界によって、生涯年収やワークライフバランスは大きく異なる。就活の指導のベースにある、生徒たちの自己分析に寄り添いつつ、それぞれの生徒の希望やしあわせにつながるワークライフバランスを見つけてもらう。そしてその方向性において、安定した高い収入を得られる会社を目指していく。

 これが、弊社の考える理想の就活指導である。そして、いつでも相談相手として、まどろめる場所としての場を用意し続けることが、その先のしあわせにつながると考えている。

 

難関大 私立文系 予備校「増田塾」の元教務部長。 現在は、現代文・小論文講師として出講している。

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